川中島の戦いで武田信玄の拠点として築城された松代城です。明治の廃城で建物が壊されましたが、平成16年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されました。
それでは、さっそく行ってみましょう(^v^)
太鼓門前橋を渡って、中へ入って行きます。外からは石垣の塀で中がどのようなものか見えないのでわくわくしますね(^^)
入ってすぐ、本丸正面にある太鼓門です。本丸の櫓門で最大規模の門で、藩士に時を知らせる太鼓が置かれていたそうです。
太鼓門をくぐって敷地内に入ると、広場のようになっていました。築城当時は海津城と呼ばれていたため、海津城址の石碑が立てられています。松代城と名称を改められたのは、真田三代藩主の幸道の時です。
松代城で最も高い櫓の跡で現在、展望台として整備されている戌亥隅櫓台です。城内の中でも古い石垣だそうで、その高さと勾配の美しさは、当時の石工の技術の高さを物語っています。
北不明門です。本丸搦手(裏側)に位置する門で、18世紀前半までは千曲川の河川敷に位置していたことから水ノ手御門と呼ばれていました。
北不明門をくぐって外を出ると、広々とした広場になっていてさらに外側に行くと堀跡があります。北不明門を出てすぐのところには、絵図を元に再現された井戸がポツンとありました。
城内にパンフレットが置いてなかったので、駐車場で取っておいたチラシを見ながらまわっていきます。今通ってきた門と石垣に囲まれた敷地が本丸で、ここはどうやら二の丸跡になるようです。
二の丸は堀と土塁とで囲まれているのですが、その土塁の中にトンネル状の埋門(うずみもん)があります。人が一人通るのがやっとな大きさでこのような門はかなり珍しいそうです。
埋門をくぐって、堀沿いに歩いていくと管理棟カウンター(となりにトイレがある)があります。そこで色々な種類のスタンプがあるので記念に全種類押していきました(^v^)
そのまま堀沿いに歩いていくと、最初に通った太鼓門と前橋がかかった光景が表れ、一周した事になります。そこまで広くないので1時間かからないぐらいで一周できます。この日はあいにく天気が悪かったので、天気がいい日にまたリベンジしようと思います!